入門編 - 鍼・灸・手技療法
入門編 - 鍼・灸・手技療法
1.鍼 (はり),灸 (きゅう),手技療法とは?
(1) 東洋医学としての鍼灸
東洋医学には,アーユルヴェーダ(インド),チベット医学(チベット),漢方医学(中国)が含まれます.漢方医学における鍼灸医学は,朝鮮半島を経て4世紀に日本に伝わったとされています,現在の中国においても現代中医学における治療技術として継承されています.
(2) アジアから世界へ — 鍼灸の広がり —
1970年代の世界的鍼麻酔ブーム,1990年代のアメリカ国立衛生研究所(NIH)声明,2000年代のアメリカ,ドイツ,イギリスなどの大規模臨床試験を経て,現在,鍼灸は100カ国以上で臨床に応用されています.
(3) 鍼灸の定義
鍼や灸によって物理的(機械的,温熱的)な刺激を皮膚や筋肉に与えることによって生体の反応を引き出し,疾病の治療および健康の維持・増進に応用する医療技術です(医史学的にみて鍼灸は民間療法ではありません).
日本の法律では“医業類似行為”と位置づけられています.
[あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師等に関する法律(昭和二十二年法律第二百十七号)第十二条]
(4)手技療法の定義
徒手によって,撫(な)でる,押す,揉(も)む,叩く,などの刺激を行って生体反応を引き出し,健康を維持・増進させる医療技術です.
1) 按摩 (あんま),推拿 (すいな)
按摩:中国では随 (ずい) の時代に,日本では江戸時代に確立したとされています.
推拿:中国の明 (みん) 代以後に按摩をもとに医療行為として呼称されるようになりました
2) 指圧
明治時代に体系化され,昭和39年に法律に「指圧」という名称が明記されました.
3) マッサージ
古代ギリシャ時代に記載されているそうですが,医療技術としての起源は16世紀のフランスです.18世紀においてヨーロッパ全体に拡大しました.日本には明治時代にフランスから導入されました.
2.誰が,どこで行っているのですか?
大学(4年制),専門学校(3年制),視覚支援学校(盲学校)(3年制)を卒業し,国家試験に合格した鍼師,灸師(鍼灸師),按摩マッサージ指圧師,あるいは医師が行います.
各市・区の保健所において認可を受けた治療院,病院の東洋医学科,鍼灸接骨院で行われています.
3.どのように行うのですか?
(1) 鍼治療
1) 鍼灸用針と刺入方法
日本で発達した鍼(毫鍼(ごうしん))は中国のものより細くて柔らかく,相対的に短くなっています.
江戸時代に日本で考案された専用の管(鍼管)を用いて,日本独自の方法(押し手,弾入)により,ほぼ無痛で,皮下ある
いは筋層まで刺入されます.刺激を強めるために刺入された鍼を握った指で上下(雀啄(じゃくたく)術),回旋(旋捻(せんねん)術)させたりします.
2) その他の鍼法
a. 皮内鍼(ひないしん),円皮鍼(えんぴしん):効果を持続させるために,非常に短い針を皮下に留置する方法です.鍼が体内に入ってしまわないようにストッパーが付いています.
b. 小児鍼:小児期に行う鍼です.刺入しない鍼で,皮膚に接触させて刺激を行います.
c. 灸頭鍼:刺入された鍼の上方(竜頭)にもぐさを乗せて燃焼させ,この熱を鍼を通して体内に伝導させます. ← 国試では輻射熱と解答しますが, 臨床的には伝導熱と理解しています.
d.鍼通電療法:2本の鍼を電極としてこれに低周波通電を行い神経や筋肉に定量的な刺激を与えます.
(2) 灸治療
1) 有痕灸(ゆうこんきゅう)(直接灸):指で米粒大にひねった艾(もぐさ)(艾柱(がいちゅう))を皮膚に乗せ,線香で火をつけ燃焼させます(透熱灸(とうねつきゅう)).
2) 無痕灸(むこんきゅう) (間接灸):透熱灸と同じ要領で艾柱を燃焼させ,燃やし切らずに消火あるいは除去します(知熱灸(ちねつきゅう)).
この他,温灸,隔物灸(かくぶつきゅう)などがあります.
(3) 按摩・マッサージ・指圧
1)按摩:衣服の上から軽擦(けいさつ)法 (按撫(あんぶ)法),揉捏(じゅうねつ)法 (揉撚(じゅうねん)法), 叩打(こうだ)法, 圧迫法, 振せん法, 運動法, 曲手法を行う手技療法です.
2)マッサージ:皮膚にオイルやタルクをつけて,主に軽擦法を行います.
3)指圧:押圧(おうあつ)法,運動法から構成されています.
4.人体の刺激点マップ - ツボ(経穴(けいけつ)) -
世界最古の医書である「黄帝内経(こうていないけい)」に記載がある刺激点を経穴といい,これを結んでいる線を経絡(けいらく)といいます.
世界保健機構(WHO)によると361カ所に経穴があり,鍼灸師になるためにはこれらの名称と位置を全て記憶しなければなりません.
経穴には一つ一つに名前が付けられていて,使われている漢字には位置の特徴や経穴を選ぶ上でのヒントが込められています.例えば,曲池(きょくち),合谷(ごうこく),陰谷(いんこく)では,「肘が曲がる所」「谷 = 凹み」「陰 = 内側」のように形状や位置を表したり,「合」や「池」には水が合流したり滞り易いことを示しています.
経絡には14本の道筋(十四経絡)があり,これらは伝統中国医学の身体観に基づく全身の臓器(臓腑(ぞうふ))と連絡をしています.この経絡には「気」と呼ばれる目に見えないエネルギーが流れていて,臓腑に何らかの異常が生じるとこの気の流れに異常を来すと考えられていました.
このような気の流れの異常を古代中国の医師は脈に触れること(脈診)で診断を下し,病的な臓腑に関係する経穴に治療を施して気の流れを整えていたと考えられています.医史学研究によると,古代中国医学では血液循環の存在を認識していたとされ,西洋におけるウィリアム・ハーヴェイ(1578-1657年)による血液循環の発見より遙か以前に,古代中国では血液循環を診察に応用していたことは特筆に値します.西洋の医師たちは何度も中国医学の脈診技術を学ぶために中国を訪れています.しかし,伝統中国医学の臓腑論や病理論はその難解さから最近まで容易には受け入れられませんでした.
5.病気の前ぶれ 未病 (みびょう) を治す
明らかに体調が悪くてつらいのに,病院で検査をすると,「どこも悪くないですね」と言われ,なかなか医師につらさを理解してもらえないという方は少なくありません.東洋医学では病気ではないが体調不良の状態を「未病」と呼び,気・血・津液(しんえき)が体内で滞り不調を来していると判断し,治療の対象とします.あまり治療方法に選択肢がなかった時代には,病気に導かれる要素を予め絶ってしまうことが有益であることを熟知していたのでしょう.具体的には未病の段階で食事,漢方薬,鍼灸で治療を行っていきます.考え方としては現代の「メタボ予防」に似ていますが,この場合,検診で異常が見つからなければ保健指導はして頂けません.伝統中国医学では四診法によって未病の兆候を察知し治療方針を立てます.
6.現代の鍼灸師には2つの流派がある
(1) 中医学派 (弁証論治(べんしょうろんち))
1)伝統中国医学における病理観をもとに体系づけられています.
2)四診法によって患者からできるだけ広範囲な情報を収集し証を立てます.
3)「証(しょう)」に応じた治療を行います.
(2) 現代医学派 (病態分析)
1)伝統医学に加えて現代の西洋医学の理論(解剖学や生理学)を取り入れて解釈します.
2)徒手で行える神経学的/理学的検査によって得られた情報をもとに病態を把握します.
3)明らかになった病態に応じた治療を行います.
7.効果の仕組みを知る - 基礎研究で何がわかったか -
(1) 機械的刺激は体性感覚神経を刺激し,様々な調節を行います.
(2) 痛みを抑えるメカニズム(鎮痛機構)を活性化します.
(3) 自律神経を調節(体性-自律神経反射)し,内臓の働きを整えます.
(4) 脳や筋肉,内臓の血液循環を改善します(体性-循環反射,軸索(じくさく)反射).
8.科学的なエビデンスはあるのか - 臨床試験による有効性の証明 —
(1) 臨床現場の手応えと臨床試験結果との矛盾
1990年代までに行われてきた鍼灸の臨床試験では研究デザインの様々な不備から,その有効性を証明することができませんでした.実際に鍼灸を用いて治療を行っている臨床家の手応えを,研究者たちは臨床試験で科学的に証明することができず,臨床家の多くが矛盾を感じていました.
(2) 世界的に広がる臨床試験 — 鍼灸先進国は欧米諸国 —
1997年に発表されたアメリカNIHでの合意声明が契機となり,2000年以降,研究デザインの改善が行われました. その結果次々と鍼灸の効果は大規模臨床試験で証明されるようになっていきました.これらの結果を踏まえて,ドイツやイギリスでは,医師たちを対象にした公的な研修制度が設置され,薬物療法など通常の治療による効果がみられない場合や代替えが可能な場合に,積極的な鍼灸の利用を行い成果をあげています.
9.鍼灸マッサージはこのような疾患に活用されている
鍼灸マッサージ師にも専門性があるため,ご自身の症状を治療できるか来院前にご相談されることをお勧めします.
気になる症状が,治療前あるいは治療中にだんだん悪くなる場合には, 他の病気が潜んでいることがありますので,必ず専門医師の検査/診断を受けることをお勧めします. 鍼灸マッサージ師にご相談頂ければ医師をご紹介する場合があります.
(1) 筋肉の症状:慢性腰痛,急性腰痛(ギックリ腰),膝痛,首・肩こり,五十肩,股関節痛,腱鞘炎,ばね指,関節リウマチによる痛み
(2) 消化器の症状:腹痛,便秘,下痢,過敏性腸症候群
(3) 循環器の症状:高血圧,低血圧,うっ血,浮腫
(4) 婦人科の症状:月経困難症(月経痛),月経前症候群(イライラ,頭痛,消化器症状)
(5) 泌尿器の症状:頻尿,尿管結石の痛み,慢性前立腺炎の諸症状
(6) 神経や精神的な症状:頭痛,肋間神経痛,顔面神経麻痺,三叉神経痛,帯状疱疹後疼痛,うつ症状,乗り物酔いの予防
(7) 耳・鼻・のどの症状:めまい,耳鳴り,アレルギー性鼻炎,発声障害
(8) 目の症状:疲れによる視力低下
(9)呼吸器の症状:軽度の喘息,咳喘息
(10) スポーツ傷害:捻挫・靭帯損傷, 筋疲労, 肉離れ, 脊椎分離症, 腰痛症, 肩・肘傷害, シンスプリント
(11)皮膚の症状:脱毛, 肌荒れ, 粉瘤腫, ガングリオン,美容
(12)リハビリテーション:脳梗塞後遺症 (手足の麻痺,歩行障害)
(13)歯の症状:抜歯後の痛み, 顎関節症
10.まとめ
(1)鍼灸マッサージは古代の伝統医学に起源がありますが,それぞれの時代において検証がなされ体系化が繰り返し行われてきました.
(2)現代においては基礎研究や臨床試験が活発に行われ,科学的な立場で鍼灸や手技療法を理解しようという新たな流れが生まれています.その一方で,伝統医学の古典をより深く理解しようという学派もおられます.
(3)2000年以降,様々な症状に対する鍼灸マッサージの有効性が臨床試験によって証明されてきました.「7」で紹介した諸症状は必ずしも全てに鍼灸マッサージが効くというエビデンスがあるわけではありません.たとえ臨床試験によるエビデンスは不十分であっても,治療によって症状が軽くなることはたびたび経験されます.このような臨床家の手応えは,研究者たちによって今後も科学的に実証されていくことが期待されます.
(4)東西医学の融合は患者さんに求められている急務な課題です.高度な外科手術や遺伝子診断,再生医療など西洋医学の発展は目覚ましいですが,西洋医学の検査で捉えられない症状が見過ごされ,誰にも理解されずに悩んでおられる方は少なくありません.この西洋医学の隙間に東洋医学はうまくフィットするように思われます.
(5)東洋医学の言葉には難解で即座には理解し難いものが多くみられます.しかし,歴史的観点から古代医学思想と現代医学の概念を照合し,わかり易い言葉に置き換えていく事によって東洋医学はもっと患者さんたちに受け入れて頂けるものと考えています.例えば,前述の気・血・津液は血液ガス(酸素,二酸化炭素),血液,体液のようなものの存在を,化学分析法を持たない紀元前に推測し理論化したものであると考えられます.また経絡は神経系,血管系(動脈,静脈,リンパ)の性質を併せ持ったものと考えると大きな矛盾はありません.瘀血(おけつ)は粘性の強い血液が滞った状態を指す言葉で,これは静脈系によくみられる「うっ血」を表したものです.
(6)総括すると,鍼灸や手技療法は神経系を刺激することによって循環反射を起こし,滞った血液を流すことで組織細胞への酸素,栄養供給の改善をはかり自然治癒力(組織再生力)を増進させる治療技術と言えます.
◆ 目次 ◆
1.鍼 (はり),灸 (きゅう),手技療法とは?
2.誰が,どこで行っているのですか?
3.どのように行うのですか?
4.人体の刺激点マップ - ツボ(経穴(けいけつ)) -
5.病気の前ぶれ 未病 (みびょう) を治す
6.現代の鍼灸師には2つの流派がある
7.効果の仕組みを知る - 基礎研究で何がわかったか -
8.科学的なエビデンスはあるのか - 臨床試験による有効性の証明 —
9.鍼灸マッサージはこのような疾患に活用されている
10.まとめ