演奏家の障害
演奏家の障害
2016年2月6日現在の記載
局所性ジストニアとの出会い
26年前の事。大学の施術所に勤務していた頃、他大学心療内科から耳慣れない「楽器奏者の書痙」という病名の方の治療依頼がありました。実際に診察してみると、指のコントロールがうまくいかず、時々振せんもみられました。あまりこの病名にとらわれる事なく、運動器系疾患として頚肩部から上肢にかけての筋肉への鍼通電と可動域訓練を行いました。その結果、徐々にですが演奏に復帰されていきました。その後似た症状の方を治療する機会があり、やはりほぼ同じような経過をたどりました。
11年前の開業後に、今度は「演奏家のフォーカル(局所性)・ジストニア」という病名で鍼灸師の先生からの患者紹介を受けました。この病気についてネットで調べてみると、あたかも大脳基底核の障害によって起こることが常識化しているかのごとく書いてありました。それによる不安の声も見受けられました。
診察をしてみると、以前に「楽器奏者の書痙」という病名で依頼された方々と同じような症状であることがわかりました。その後当院では計35人の方々の診察と治療を経験しました。人数が増えてくると、症状や治療経過に共通性がある一方で様々な違いがあることもわかってきました。なかでも、他覚所見には改善がみられているのに、なかなか演奏活動に復帰できないというもどかしさが付きまとい、その根本的な原因を明らかにするのはとても困難でした。
もちろんご本人がいちばん苦しんでおられるのですが、私も非常に悔しく、治療家として何とか解決しようと試行錯誤を繰り返しました。その結果、治療方針に以下のような大きな修正を行い、状況は目に見えて変わっていきました。
当初から”絞扼性神経障害が複数の部位で合併したもの”という考えの元に治療を行ってきましたが、”血流障害”であるという認識を強く持ち、”絞扼性静脈還流障害”という病態認識への転換をはかりました。さらにそれによる筋萎縮領域の再検討、そして極めつけは肘関節の不安定性の再評価によって、血流障害の原因が見えてきました。
本症の治療には、病態の捉え方が少しでも間違っていると全く効果がないという、日々実力を試されているような緊迫感がありました。最近ではこれらの方針転換が次第に功を奏し、ようやく演奏に復帰される方々が増えてきました。
また病状や経過の説明、励ますことの重要性も再認識させられました。これはリハビリテーションの鉄則ですね。素直に患者さんのおっしゃることに耳を傾け、診察から得られた情報の集積と分析を怠らず、結果を治療に生かしていく事が唯一の解決法であると改めて感じました.
演奏家の局所性ジストニアは中枢H神経疾患(脳の病気)ではありません!
局所性ジストニアと診断された演奏家に以下の所見が認められます.
根拠1:胸郭出口症候群による血行障害(動脈・静脈)がみられる
根拠2:血管支配領域(上腕深動脈,尺骨動脈)に高度な筋萎縮がみられる
根拠3:血行障害による筋萎縮によって筋肉同士のバランスが崩れ,動作異常を起こしている
根拠4:特に,手関節の亜脱臼は,手根管やギヨン管での血管と神経の圧迫を引き起こしている
根拠5:骨間筋と靭帯の萎縮による中手骨の回旋変形
まだまだありますが,以上のような所見を一つ一つ改善させていくと,時間はかかりますが,演奏に復帰されています.
治療方法は日々進化しています!
私たちが治療を行っていると聞くと.おそらく一般の方や医師の先生方は,「何やら怪しい治療をしているのでは?」と懐疑的に思われるのではないでしょうか? 最近では鍼灸マッサージ師の治療もだいぶ進化してきていることをご存知でない方が多いでしょうから仕方のないことです.特に温熱刺激や電気刺激を用いた治療機器は,長年にわたる基礎研究や臨床研究の成果に基づいて発展し続けています.私たちの治療目的は,理学療法機器や手技を用いて,萎縮や過剰に緊張した筋肉の血行を改善し,ストレッチや筋力強化訓練を併用しながら徐々に演奏が可能な状態に回復させることです.この点におきましても今後情報公開をして参りたいと考えております.
評価基準が必要!
現在局所性ジストニアの診察所見を評価する基準がありません.近い将来,それぞれのFD演奏家の方の障害の程度を評価できる基準を作成し,その結果をもとに治療プログラムを立てるシステムを構築したいと考えています.
[2016年2月6日]
指の機能障害:局所性ジストニアとの出会い〜そして今